音楽の内側に触れる〜楽曲分析1 シューマン歌曲集 ミルテの花より「君は花のように」
シューマンの歌曲集 「ミルテの花」の24番「君は花のように」を分析しつつ紹介します。この楽曲は有名なので、Youtubeや個人サイトでもたくさん取り上げられています。
その中には考え込んでしまうような和声分析を、平然とされている指導者もおられて、羨ましく思いました。自信がなければできないことですので。しかもピアノレッスンの折、和声なども織り交ぜて教えておられるようで、別の意味で考えさせられました。
この一件は和声分析の折、少しだけご紹介いたしましょう。楽曲をながめるときの注意点として有用です。
シューマンの歌曲は、ピアノと歌のバランスがよく、芸術性に満ちています。どのようなジャンルでも大抵良いものは地味なので、人目を惹きません。しかし奥底に本質が流れており、それをわかる人だけが価値を認めるのでしょう。
シューマンは最初はピアノの作曲家でした。しかし、30代になり歌曲を量産し、後の世に「歌曲の第一人者」とまで言われるほどの存在になりました。クララとの結婚による人生の変容だけではなく、文学に造詣が深かったことも一因ではないでしょうか?歌曲は人生経験だとの話を聞いたこともあります。クララとの生活は音楽的にも精神的にも満ち足りていたことでしょう。
曲の構成
A-B-A¹-B¹ の2部形式です。
3d3b5f7655e5877e5cfd9ea2b0dff7f5黄緑色の線が引っ張ってある部分は、シューベルトのアヴェマリアから影響を受けているのではないか?と思いました。
下記楽譜(シューベルトのアヴェマリア ピアノ版)の赤線の部分です。長2度下のAs-durに移調してみてください。かなり似ているのではないでしょうか?
ミルテの花 1番「献呈」のコーダにもアヴェマリアの一節が引用されています。シューマンはシューベルトをとても尊敬していたということです。それだけではなく、妻となるクララのレパートリー「アヴェマリアピアノ版」を意識して、モティーフを投入したのかもしれません。よくはわかりませんが・・
下記楽譜、ピアノオンラインレッスンを独自展開されておりますpiadoorさんからお借りしました。よくある初心者にだけ向けた「音軽視」のピアノ楽譜ではありませんでしたので、使わせていただくことにしました。ありがとうございます。

言葉の処理の仕方
「君は花のように」の対訳です。原曲楽譜と見比べてみてください。下線が引っ張ってあるB B¹の部分は、特に印象的です。音楽が言葉にひっぱられているのではなく、対等な関係と感じます。ピアノパートも言葉の奥底にあるものを支えています。

対訳は声楽家の山枡信明先生のサイトからお借りいたしました。どうもありがとうございます。
ポエム下線Bの部分
原曲楽譜のB 1小節目〜2小節目にかけて。メロディ、ピアノともに、立体感に富む内容となっています。

上の楽譜は、歌とピアノの関係をわかりやすくしたものです。1段目と2段目は歌のパートですが、同じパートであっても音高を変えての模倣、そしてピアノパートのシンコペーションとスラー付きのスタッカートによる表情変化が、前半のクライマックス(Bから数えて3小節目)へと導きます。
後ほど和声についても触れますが・・・2小節目の和声もクライマックスへのつなぎとして緊張感を高めています。この和声は属調の属調の同主調(b-moll)のドミナントであるVII₇の変化和音(音階の第五音Cを半音下げた形)を使っています。芸大の和声の教科書ならば、下方変位の根音省略形の属九などと称しておりましたね?要するに、b-mollのVII₇=減七の和音の5音を半音下げた形です。
和声といい、リズムといい、歌パートの立体的表現といい、シューマンは正統的で分かりやすい方法をとっていると感じます。
ポエム下線B¹の部分

後半の部分は、宗教的といいましょうか?お相手を尊重し、神々しい存在として描いているように思います。和声についてもドミナント、トニックの基本形が置かれており、迷いのない表現であると思います。
この辺りは楽曲の一番の山(クライマックス)で、赤で囲んだモティーフをピアノと声で受け渡ししつつ青色の順次進行を8度で模倣して、信念の強さを表現しているように思います。
歌とピアノのかけあいから感じること。シューマンの気持ちを、クララが理解できる人であったからこその作品なのでしょうね。
骨組みの和声
下記は和声分析です。曲の骨組みだけを取り出し4声体にしています。
3ac8c453c32ffba47693a78c93869ceb曲中では借用和音が効果的に使われています。全て近い調性(近親調)に違和感なく進みます。( )で括られている部分が借用です。II度調、V調、IV調の借用和音を使っています。

下記は上方変位の説明です。和音記号の左上に{、}を逆にしたような印がついています。これが上方変位の記号です。和音の種類としては増三和音になります。

和声分析に疑問を感じたら、学びにつなげましょう
さて・・冒頭に記しました指導者の分析とは以下のとおりです。「骨組みの和声」を確かめながらみてくださいね。
2小節目の和声はまるっきりb-mollです。
分析すると、As-dur II₇第一転回形→f-mollのIVの根音省略形の第二転回形に進みます。この和音はb-mollのVと同一であります。
上のように分析されていますが・・・2小節目はまるっきりb-mollではなく、8分音符で数えて4拍目〜3小節目あたまにかけて、b-mollの借用和音を使っているだけで、転調ではありません。さっと通り過ぎていくような感覚です。>わたしの耳では・・原曲をごらんください。
そして次のf-mollのIVの根音省略形の第二転回形 この和音はわたしは一度もお目にかかったことがありません。
また、この曲にf-mollの部分はどこを探してもありません。加えてf-moll IVとb-moll Vが同一だということですが・・念のため楽譜にしてみました。
根音省略形は普通はV7 V9などで使うものです。三和音の場合は5音省略形しかみたことがないですね。機能和声の世界では・・

分析をなさった指導者(大学の先生)は、小節単位で曲をみておられるようです。和声を調べる前に、曲の構成、歌詞(おおまかで良いです)と音楽の関係などを大きくみていくことが必要なのではないか?と思います。
和声にはつながりがあり、一個一個がバラバラにあるわけではありません。この指導者は、和声を学んでいると主張されていましたが、独学かもしれません。独学で上達できる方は稀です。悪くいけば我流になり、変な癖がついてしまいます。
学びの第一歩は、変な癖を取ることから始まります。「自分には癖なんかないぞ」と、怒る方もおられるでしょうが、それが癖だったりしますね。独学でもたまには専門家にみていただき、ご自身の勉強状態を分析していただくのは悪いことではないと思います。良い先生に習うと、たった一言で問題が解決します。ご本人のやる気も重要なんですけれどね。
参考になれば幸いです。

次の記事では、しろ先生が記事中の楽譜(「骨組みの和声」etc.)の音をYoutubeにアップするようですよ。やっぱり五線上だけではわかりにくいですものね。
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